「よろしくね、めーくん」
私がそう言って手を差し延べると、彼……百目は顔をしかめた。なんだか、只今苦虫が口の中に居ます、と言われても素直に信じられそうな顔だ。酷く不愉快そうなその顔を見るに、百目はそう呼ばれる事が余り好きじゃないらしい。それか、マスター以外の人物に言われるのが嫌なのか。
「馴れ馴れしいな」
「嫌だった? 私は気に入ったんだけど」
「……子供っぽいからな。そのあだ名」
「それも建前」
あ。またしかめっ面が酷くなった。どうやら口内の苦虫を増量したらしい。こちらの言葉に一々何らかの反応を返してくれるのがなんだか微笑ましくって、事実、私の口元は自然と緩んでいた。
「本当はマスターに呼ばれるのも嫌なんだよ。けどあの人は全く聞き入れちゃくれない」
「だろうね。なんか、そんな感じ」
見ている限りマイペース過ぎるあの人は、きっと百目が必死になって説得したとしても「そうなんだ」程度で済ませてしまうに違いない。そして変わらずに「めーくん」と百目の嫌がる名前で彼を呼ぶのだ。
「笑うなよ……気にしてるんだから」
「あはは、ゴメンゴメン。そっか。気にしてるんだ。一応」
「一応、どころか大分な」
やれやれ、と言わんばかりに肩を落とし溜息まで吐いてみせる彼にまた、微笑が漏れる。最初はなんて腹の立つ奴だなんて思ったけど、こうして話しているとそう考えたのが嘘のように思えてくる。あのすかした態度の見届け屋は、今目の前で些細な事に臍を曲げている子供っぽい百目と本当に同じ人物なんだろうか。そんな風にさえ、思えてくる。
「……いいなぁ」
呟きは、自然と。唇から、零れていた。きっと彼は、きっと人は。こんな風に、誰かと話して。こんな風に、楽しんで。そしてそれが、当たり前になって。そんな日々を、過ごしている。
それが、途方も無く羨ましい。
それが、途徹も無く羨ましい。
「そんなにあだ名が羨ましいか? じゃあ俺が付けてやる。そうだな……死神だからしーちゃんなんてどうだ?」
「あはは……ご勘弁。可愛いんだけど」
けれど、今は。私だってそうしている。私だって誰かと、分かち合って。
例えこれが一夜の夢でも。儚い幻に過ぎないのだとしても。今は、今だけは、浸っていたい。
この、幸せなまどろみの中に。