「風呂敷だったのか…」
祐輔はしゃがみ込み、懐中電灯で風呂敷を照らし書かれた文字を読み始めた。
「月曜日はストロノガノフを食べた、火曜日はピロシキひとつ、水曜日は何も食ずお出かけ、木曜日はごちそう食べた、金曜日はお芋たくさん、土曜日はまた何も食べず、日曜日はとうとう人食べた、スターリン、スターリン、スターリンを恨みながら、スターリン、スターリン、スターリンを呪いながら…」
春樹はしゃがむ祐輔の肩に手を置き、その手に力を入れた。
「間違い…ないね」
「はい…ポリトフスキーは、ロシアでの暮らしから幽閉されこの村に逃れ、そして死ぬまでの人生を食事で例えたんでしょう…でも、この文字、書き慣れてないから下手なのは仕方無いとして、指で書いたにしては…」
「祐輔くん!」
祐輔の湧きかけた疑問が、春樹の呼び掛けですぐに消えてしまった。
春樹の指す方を見ると、入って来たのとは反対側に、子供が一人通り抜けられる程の小さな穴が空いていて、そこに月の柔らかい光が差し込んでいた。
「この向うは深い谷のはずだ、すると穴の先は…」
そう言うと春樹は穴の外を覗き込む。
「やっぱり…子供の頃に度胸試しをして、私は怖くて通れなかった」
「何があるんです?」
祐輔も春樹の側に来て穴を覗いた。
「道だよ…いや道というより、岩壁に沿って出来た出っ張りかな…足の幅しかなくて、岩にへばり付かなければ歩けない、細い細い出っ張りだよ」
「本当ですね…こんなとこ歩いて、足を滑らしたら終りだ」
祐輔はハッとした。
「菊枝さん、もしかしたら母親と一緒にここから来たんじゃ…」
「え?…まさか、母親が我が子を危険な目に遇わすだろうか」
「でも、この穴は子供しか通れないし、日記には二人で来たと書いてあったのなら…それにここからなら見張りにも見つからない」
「あ…そうか、そうだね」
「二人はポリトフスキーを助けようと必死だったんだ…春樹さん、俺たちも彼の魂を救ってあげませんか」
春樹は不思議そうなに祐輔を見つめた。
「救うって?」
「取りあえず、ちゃんと土に埋めて供養しませんか」
「あ、あぁ…よし!それならスコップ取って来るよ」
春樹は、元来た岩の裂け目へと消えていった。