朝靄の雑木林の中で、祐輔の目の前に立っている男は、透けるような淡く長い金髪をなびかせて、吸い込まれそうな水色の瞳を、真綿のように白い肌がより輝かせていた。
しかしその美しさとは逆に、表情は虚ろで、何かに怯えているようにも見てとれた。
そして、白骨死体が纏っていたのと同じ軍服を着ている。
「ポリトフスキーなのか…う、嘘だ…有り得ない…」
『歌うなと言ったのに…』
「な、なに?!」
ポリトフスキーの口は動いていない。その声は直接、祐輔の頭の中に入って来た。。
「こんな事が…」
ポリトフスキーの美しい顔が、キツく不気味な表情に変ると、彼の姿はスーと消えてしまった。
祐輔は今の出来事を春樹に知らせようと向きを返す。だがその時…。
「うぐッ!…」
腹に激痛が走り、祐輔は言葉にならぬ声をあげた。何事かと俯くと、大きな灰色の髪の塊がうごめいていた。
そして髪の隙間から、鋭く尖った爪を生やした手が伸びて、その爪は祐輔の肩に食い込んだ。
その手はグローブみたいに大きく、腕は大人の腿より太い。
「ば、化物…」
祐輔はどす黒い土色をした腕に押し倒され、辺りに鈍い音と悲鳴が響く。
バキバキ…ギャアアァー
それは、祐輔の背骨の砕ける音だった。
「あぅッ…あぅッ…」
肉を引き千切られる度に、祐輔は弱々しく声をあげた。
しかしその声もすぐに消え、化物の髪を掴んで離さなかった手を、ダランと地面に落とし、祐輔は力尽きようとしていた。
既に痛みは無かった。目の前も真っ暗で何も見えなくなっていた。
遠退いてゆく意識の中で、それを引き戻すかのような不気味な声が、祐輔のわずかな意識に割り込んで来る。
『歌ったな〜…歌ったな〜』
『こいつが…ポリトフスキーの成れの果てだったのか…何故だ…何をそんなに恐れる』
その時、ポリトフスキーの記憶が遡るようにように映像となって、祐輔の意識の中に雪崩れ込んで来た。
『や、やめろ…やめてくれ…』
それは、ポリトフスキーに 喰われてゆく者たちの映像だった。
その中に勿論、悠子の死様も入っていた。