くだらないキヲクを捨て、あたしは走り出した。
どこまでも。
光よりも速く走った。
ただひたすら、ここから逃げ出したかった。
キヲクはあたしの背後から叫んだ。
世界を知ったんだ。
いろいろな人に出会ったんだ。
苦しみを知ったんだ。
悲しみを知ったんだ。
だから……。
聞きたくなかった。
溢れ出る涙をむちゃくちゃに拭いながら、あたしは走り続けた。
いらない。
いらないよ。
傷ついたキヲクなんて……。
全部全部忘れたくて。
最初からやり直したかった。
ここではない場所に行けば、なんとかなると思った。
キヲクは悲痛な声で叫ぶ。
本当に?
本当に全部捨ててしまっていいの?
忘れていいの?
楽しいこともあったのに。
幸せなこともあったのに……!
あたしは静かに首を振る。
もう嫌なの、何もかも。
喜びも、悲しみも、なかったことにしたいの。
それを越える虚しさが、胸を覆うから。
キヲクも泣いていた。
そんなこと、あたしが言う前から、キヲクは知っていた。
キヲクだから。
何よりも、彼自身だから。
悲しいよ。
ボクは悲しい……。
キヲクが泣いていた。
心が痛かった。
心の輪郭を撫でてみた。
たくさんの傷が、ざらざらと手のひらに触れた。
あたしは立ち止まった。
キヲクはすぐ背後にいた。
ぼろぼろに泣き崩れて。
存在を否定されて。
今までのキヲクも、今のキヲクも、すべて否定されて。
それはあたし自身を否定することだった。
あたしは振り向くことができなかった。
まだ怖かった。
今までのキヲクを背負うのが怖かった。
増えていくキヲクを背負い続けるのが怖かった。
もう、傷つきたくなくて……。
でも。
あたしはキヲクに話しかけた。
いいよ。
戻っておいでよ。
一つになろう。
あたし、強くなるから。
アンタを背負って、何度でも立ち上がるから。
ここで生まれたキヲクがある。
ここでしか生きられないあたしがいる。
だから。
あたしはキヲクと一つに戻った。
優しくなんかない。
いつも胸を苦しく締めつけるだけのものだけど。
あたしは今日も、この憎く愛おしいキヲクと共に、生きている。