「お帰りなさい。 ……あら、今日はどうしたの?
ネロと一緒だなんて」
黒猫を腕に抱えて戻った僕を、妻の薫がもの珍しそうな顔で見ていた。
ネロはもともと僕の飼い猫だったのだが、今はどちらかと言うと薫の方に懐いているためだ。
そもそも猫にとってご主人様とは『餌を与えてくれる人物』と同義語?……
…まぁ、僕のそんな些細な疑問を知る由もなく、こいつはゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らしているのだけど。
「……あなた、何処へ行ってたの?
何だか、体から甘い香りが漂ってくるけど」
それこそ猫の様に鼻をひくひくさせていた薫が、けげんな顔をする。
「ああ、〈花の館〉にいたからだよきっと」
僕は先程の、ちょっと不思議な体験を妻の薫に話してみた。
もともと僕らは何気ない会話でも大事にしている。
それに正直な所『誰かに話したくて、ウズウズしていた』というのが大きい。
思った通り薫はその話に強い興味を示し、相づちをはさみながら身を乗り出すようにして聞き入っていた。
「う〜ん、ちょっと口惜しいなぁ……
そうだわ!じゃ、今度は私も連れてって頂戴?」
まるで名案でも思いついた様にポン、と手を打った薫が急にそんな事を言いだした。
「え?…… 別に構わないけど。
それなら、次に行くときは薫も誘うよ。 久しぶりに夜の散歩と洒落込む?」
「うふふ… 楽しみだわ。花の妖精さんのピアノを聴けるなんて、滅多にない事でしょ?」
(いや、妖精じゃなくて幽霊なんだけど……)
…という内心の突っ込みはおくびにも出さず、僕は微笑んだまま、黒猫ネロのなめらかな毛並みに指を遊ばせていた。