速度は同じのまま真佐美は続けた。
「私……娘を本当に愛しているんです。娘の為なら辛い事も我慢できます。殺すなんて……手をあげた事もないのに……」
冷静だった口調は徐々に震えだし、その不安は形になって現れた。
透明な滴が頬を伝いズボンに零れ落ちた。
「解っていますよ」
夢路は夢の中には必ず妖夢が潜んでいると言っていた。けれどそれを知らない人間からしたら、心のどこかで娘を殺してしまいたいという願望があるのではないかという不安に襲われる。
まずは彼女自身の不安を溶いてやらなければ妖夢の力が更に増してしまう。
しかし夢路の口から出たのは裕斗の期待を裏切るものだった。
「アンタには妖夢がついちゃいねぇ」
「え……」
欠伸ばかりしていた夢路は真剣な眼差しで真佐美を見ていた。
「行く場所を間違えたな。アンタが行く場所は心理カウンセラーだ」
「そんな!」
真佐美より早く立ち上がり裕斗は夢路を見下ろした。
「これはどう考えても妖夢の仕業です!ちゃんと見てください!」
「それを決めるのはお前じゃない。俺だ」
「けど……!」
「わかりました」
静かな真佐美の声に裕斗は言葉を止めた。
ゆっくり立ち上がり一礼をすると、真佐美は静かに事務所の扉を閉めて行ってしまった。