あの自分を殴った女がもつ凶器にした右手を掴んで。
でもできなかった。
ここは彼女の家だし、出ていくのは瞬一の方だった。主人の居ないガランとしたその6畳の部屋は、あまりにも自分には不釣り合いだと感じていた。
「俺が出ていくべきだった」と呟き、
瞬一は部屋の片隅の出入口にあるスイッチを押し、暗かった玄関を照らした。
そこには、ここの住所と美貴の名前が書かれた小さな手紙の封筒と紙質の違う2枚の便箋が無造作に開かれて置かれていた。帰宅した時はいつもは飲まない先輩の田仲さんの酒のせいで酔っていたから見えなかったのかもしれない。
大半の束縛をする女が他人のケータイを盗みみるようなこと、まして他人の手紙を読むような背信的な行為ができない瞬一でさえ目に入るような場所にあった。なぜ、気付かなかったんだろう。いけない事だとはわかっていたがおもむろに目をやるとそれに強烈な興味を感じた。