「それは、君が居るから」
「俺が?」
そう、と少女がカップに口を付けたまま頷く。そしてそのまま砂糖水と化したそれを啜り首を傾げると、更にミルクを追加した。……もはや、何も言うまい。見なかったことにしよう。
「君が私を“視て”いるから。だから私は此処に居る。此処に居て、触れられる」
「……それだけじゃ分からないな。一体どういうことだ?」
「“観測”だよ。総ての事象は観測によって成り立っている……って言って分かる?」
「観測問題……量子力学、か?」
そう、と満足そうに頷いたのは、俺の返答に対してか、或いはもはやコーヒーとは呼べない液体に満足したからか。出来れば前者であってほしいものだ。祈りにも似た思考が、脳を掠める。
「ま、厳密に言えば違うんだろうけど。私たち死神は、と言うか異形種は人の観測が有って始めて存在できるんだよ」
「……異形?」
「ん。ヒトでは無いもの、超常のモノ。ドラゴン、ヨーウィ、バンパイア……そんな、化物たち」
「……」
見て、見ないフリをしていたつもりなのに。見てしまった。その台詞を吐いたときの、少女の表情を。絶望と諦念がないまぜになった、表情…………一瞬で消える。だが、見間違いでは、無いだろう。それは確かにそこに有った。
人に対する羨望か。化物であるという絶望を。
けれども俺は勤務時間外だ。仕事をする気は更々無い。
「私たちは存在と非存在の間で揺らいでいる。外的要因が何も無ければ、実体の無い単なる概念としてしか存在できない。“在る”けど“無い”んだよ、私は。不確かな存在、いや存在と言えるかどうかも分からない」
「じゃあ、今目の前に居るお前は何なんだ? 白昼夢か?」
「“死神(わたし)”だよ。君が観測した“私(しにがみ)”。等号て結ばれる、けれど決して同一ではない概念。君の眼が、そこに何かしらの楔を打ち込み、引き寄せた」
見鬼。浄眼。俺が持つと言われた眼。彼女は、それが見た幻とでも言うのか。
「君はきっと死に触れすぎて、少しばかりこちらに寄りすぎたんだよ。だから“死神”を視てしまった」
「……」
「それだけだったら、まだ良かったんだろうけど。君は見鬼……浄眼持ちで。死神(がいねん)の中から“私”を確定した。概念だけの混沌とした領域から、私を」
容姿とかのデータ込みで、ね。と彼女は嘯く。