雅也がいた。
暗闇のなか、床に倒れて天井を見上げて。
信じられない程の血が辺りを汚し、鉄のような匂いに香月は吐き気が迫るのを感じていながら…電灯に照らし出された雅也から目を離せなかった。
大きな硝子に貫かれた胸から溢れた血。
ピクリとも動かない目。叫び声をあげた時のまま口が開かれている。
雅也は死んでいた。
「そんな…」
か細い声はしわがれていて、香月の声とは思えない。
その声に反応したのか、闇が動いた。
部屋のすみの暗闇がユラリとうごめき、香月と亮の電灯が同時にそれを照らした。
「アズ…」
アズサだった。
オレンジ色のパーカーを真っ赤に染めたアズサがいた。
下へ下へと、いまだに血が伝い落ち、床を打つ。
アズサの顔はさっきまでと違い、触れれば壊れそうな無防備な顔で香月を見ていた。
「アズサ…」
香月が名を呼んだ。
アズサの唇が動く。
「か…香月…助けて」
ぽろりと、アズサの瞳から涙が零れた。
アズサを覆っていた膜が壊れたように。
「アズサ!」
香月は走り、血だらけの親友を抱きしめた……。
亮は自分のシャツを脱ぎアズサの血にまみれたパーカーとシャツを脱がせた。頭が完全に麻痺しているのか、下着姿にも動じずにハンカチて血を拭き取り、自分のシャツを無造作に被せた。
部屋を出て、とりあえず隣の病室へ入る。
アズサをベッドに座らせた。
されるがままのアズサに香月の胸が痛む。
ハンカチで血を拭いてもなお、指先は赤く爪まで染まっていた。
「…わたし…覚えてないの…十円に指、置いてから…まったく記憶が…」
アズサの眉間にシワがよる。痛みを感じているように右肩をさすった。
「気付いたら雅也が倒れてて…わ、わたし…血でベタベタで…わたしが…わたしが雅也を…」
言葉が消え、アズサが寒さに震えるように両手で自分を抱きしめた。
「アズサ…あんたじゃないよ…あの、コックリさんのせい…」
「誰が!誰がそんなの信じる?わたしだって信じられないのに…私は殺人鬼よ…わたし、わたしのせいよ!」
アズサはうずくまって泣き始めた。
子供のように。
亮はその肩にそっと触れ赤ん坊をあやすように優しく叩いた。
「大丈夫、俺達がお前を守ってやるから…。お前を警察に渡したりはしない!」
香月もためらいなく汚れた手を握った。
「そうよ。絶対、そんなことしない。あんたは私が守る」