菊枝は、歌を書き終えるとまた穴を抜けて岩壁の道をつたい、山道から雑木林へと家に向って歩き出した。駆け出すこともなく、ゆっくりと。
家に着いた菊枝は、母親が軟禁されている二階の部屋へと階段を登る。途中、ポリトフスキーが話をしたいと見張りから聞かされた父親が、話など無いと憤慨している声が聞こえてきた。
菊枝が洞窟で起きた事を話すと、母親は狼狽して窓から飛び下りた。そして足を痛めながらも洞窟へと向う。
菊枝も父親に気付かれぬよう、そっと階段を降りて母親の後を追った。
洞窟に着くと、母親は大きな石で南京錠を壊し、中へ入って岩の裂け目を奥へと進む。久しぶりに見るポリトフスキーは、変わり果てた姿て横たわっていた。
母親はポリトフスキーの髪を震える手で撫で、ふらふらとまた裂け目の方へ向って歩き出した。すると、後から来た菊枝が裂け目の外で待っていた。
菊枝はポリトフスキーが口吟んでいた歌を、一緒に歌ってほしいと母親に言った。菊枝の後について母親は歌う。
そして歌い終わると、怪物と化したポリトフスキーが現われ母親に襲いかかる。
母親はすぐに絶命した。夥しい血の中で、菊枝は怪物を見つめて笑っていた。 それを見て怪物は、美しい青年の姿に戻った。
「菊枝…どうして…」
「あのね、あのね、こうしたらポリトが戻ってきてくれる気がしたの」
母親の返り血を浴びた顔は、より無邪気な笑みを浮かべていた。
「そのためにはお供えしないと…ポリトをいちばん好きなのは菊枝だもん、カカさま邪魔だもん」
「私がくだらない歌を口吟んだばかりに…」
ポリトフスキーは菊枝を抱き締めた。
「菊枝…ごめん、ごめんよ」
「なんでポリトが謝るの…ポリトに酷い事したトトさまも、そのうちあげるからね」
ケケケケケケ…
不気味な笑い声が、洞窟に木霊する。
笑い終えると、菊枝はポリトフスキーの腕の中で意識を失った。