香月は走っていた。
暗闇もガラスも怖くない…何かに追われるように走っていた。
階段を見つけ、駆け上がる。
その時、甲高い悲鳴が聞こえた。
アズサ…?
アズサが、叫びながら走っていた。
「アズサ!ここにいるよ…早く…」
チカッと電灯が輝き、その光は迷うことなく香月に向かってくる。
その姿を見て、香月は驚いた。
着替えたはずなのに、亮の服はまた血で汚れていたのだ。
「アズサ…あんた…」
アズサは息を切らしながら首を振る。
「違うの!これは雅也の…」
「雅也が見つかったの?じゃあ…」
アズサは慌てて香月の口を塞いだ。
「いいから。説明するから静かにして…あたしたち、雅也に殺される」
その凄まじい剣幕に押されて香月はかつてはナースステーションらしきブースに入りこんだ。
アズサが震えながら戸を閉める。
香月は頭を抱えた。
「なんなの?説明してよ…もう何がなんだか」
アズサは深呼吸して、しゃがみ込んだ。
「信じられないかもしれないけど…あのコックリさんでとり憑かれたのは雅也だったのよ」
アズサの言葉に香月は唾を飲み込む。
「雅也を刺したのはたしかにあたし。でも致命傷だったのに…雅也はさっきあたしと亮に襲いかかって来て……」
「そんな!亮は…」
「…ごめん…ごめんね、香月…亮は…あたしを逃がす為に雅也に…」
泣きながら、くずおれたアズサを、香月は見下ろした。
ふふふっ
唐突に唇から漏れた忍び笑いに、アズサはぎょっとして濡れた顔をあげた
「全く…あんたって。たいしたもんだよ、本当にさ。猿芝居はもうおしまいよ」
アズサの目が光った。
「…やっぱりね…あんたを最後まで騙せるとは思ってなかったよ、香月」
アズサはさっきまで泣いていたとは思えぬ程、ふてぶてしい態度で戸口にもたれた。
「わざとらしく右肩をさすったり、とり憑かれたふりしたり…なかなかだった。でもね、ずっとひっかかってたんだよ」
アズサは促すように笑う
「まず、あんたはあたしにアカリと話をさせなかったね。聞きたい事あるって言ったのに。取ってつけたようにアカリを追っ払った」
香月は一息ついて、続けた。
「何故なら…」
「全部作り話だから」
アズサが静かに続けた。