僕を殴った?
アポロは目の前の状況と自分が置かれている状況、そして初めて味わう頬の痛みを理解できないでいた。
急に現れ、忌々しい『蒼』い目で自分を見て、ルナの事を『アキ』と呼び、そして自分を殴り付けたこの男は、もう自分を見てはいなかった。
「アキ……ごめんな…」
傷だらけのルナを助け起こし、かき抱いている。
誰に断って人の大事な女を抱きすくめているんだ。
「許さない、許さない!僕のルナに触れるんじゃない!」
男の腕に抱かれているルナの顔が強ばり、何かを叫んでいるようだった。
もう遅いんだ。こんな男は『絶望』して死ね!
男は死ぬ。そこの暴漢共と同じ様に血反吐を吐いて、蛆の様に地を這いつくばって果てる。
今、激しい『絶望』に悶えているはずの男と初めてまともに目が合った。
澄み渡っていた。
水晶の様に透き通っていて、青空の様に広い。
憎悪も憤怒もなく、吸い込まれてしまいそうな……
「はい!そこまで」
パンと手を叩く音に静寂を破られ、アポロは汗まみれの顔を上げた。
「アポ様、お戯れが過ぎます。作戦開始まで部屋を出ちゃダメって言ったでしょう」
自分の地球での『お守り』、東洋人の筋肉質な男がニコニコしながら近づいてくる。
「ギンジか…邪魔をするなよ。殺してやるんだ」
「何言っちゃってんだか」
ヤレヤレと手を上げ、ギンジはせせら笑った。
「今負けそうだったでしょ」
見ていたのか。
とは言えなかった。
「そんなに地球人殺したきゃ、俺達に協力して下さい。あのアバズレ女に怒られるの俺ですぜ?」
地球人を前に臆面もなくそんな事を言えるこの男も、かなり狂った部類に入るだろう。
「『ルシファー』の用意も出来てる。行きましょう。ね?」
路地裏にまで入り込んできたリムジンを指差し、促した。
従うしかない。
アポロはゆっくりと歩きだした。
「ルナ。必ず手に入れてみせるよ」
負け惜しみに聞こえてもよかった。ルナは事実自分のモノだ。
後からついてくると思ったギンジは呆然とする二人に声をかけていた。
「なんか、スイマセン」
アポロは敢えて振り返らなかった。
「出来れば生き延びろな。『色』が道を示してくれる」