「ここからは仮定が混ざるけど……多分私は死神という概念の一つのアーキタイプでしかなかった。魂を回帰させる役割を担った世界(システム)の一部で、そこに人格なんてあってないようなものだったから」
そこまで言ってから、少女は「冷めるよ」と俺の手元を指差した。どうやら食事の手が止まってたらしい。逡巡の後、残りを全て口の中に詰め込んだ。苦心して咀嚼して、水を流し込むことでなんとか嚥下する。と、くすりと吐息の漏れる音がした。
「無理しなくていいのに」
「話しながら食事するのが得意じゃなくてな。まぁ、気にするなよ」
「そんな食べ方したら作った人に悪いでしょ……ま、いいけど」
話を続ける。
「人格なんて有ってなかったような物だったなら、お前に明確な自我が出来たのはいつだ?」
「“死神(わたし)”が私として確立されたのは、そうだね。ここで、君と自己紹介したあたりかな。出来始めたのは多分君と出会った時」
「ここに入った時点ではまだ確立されていなかったから、マスターには見えていなかった、と?」
「そう……分かってたんだね、マスターには見えていなかったこと」
「言いはしなかったがな。あの人は店に入って来た人全員にオーダーをとるし、例え明らかに客じゃない人間が店に入ったとしても声をかけないなんて有り得ない」
起きている限りはな、と付け加える。そしてあの時確かにマスターを起こしたのに、マスターはまるで少女が存在しないかのように振る舞った。……つまり、見えていなかったのだ。これがあの時少女の言葉を嘘だと一蹴出来なかった理由の一つ。
「存在を確立しなければ普通の人間には見ることも触れることも出来ない。君達人間とは違う“全あっての個”……それが私。私たち」
「……そして俺がお前を“確立”したから今は見ることも触れることが出来る、と」
頭が痛くなる話だ。俺が死神という概念から引き出した存在がこいつで、俺がこいつを観測しているから存在できる……?
「…………」
「どしたの?」
「……いや、何でもない」
「理解できないようなら適当に、“私が百目にとりついているから”でもいいけど。まぁこれじゃ納得しないよね」
「待て。今聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がするんだが」
「“とりついているから”?」
「そう、それだ」
「……言葉の綾だよ」