季節の移り変わりと共に色彩豊かに彩られた庭以外の変化は、この屋敷にはしばらく訪れなかった
見るからに裕福そうな屋敷にやってくる販売を目的とした輩に主は会うことも一度としてなく、噂好きな村人達との交流も一切ない。
テレビさえ、ましてや新聞さえないこの屋敷は、切り取られた異空間といっても良かった。
唯一の外界との接触は、住み始めた十年前に一度だけ行われたメイドの募集、そして集まったなかから主自らの面接を行った時。それのみだった。
以後、メイドが辞める時には必ず信用の置ける者を紹介し、主が承諾するまでそれが繰り返される…が、このような変わった屋敷でありながらも辞める者は少なく、気前の良い主…そして彼女らに礼儀正しく接してさえいれば優しい主に対しての不満も全くなかった。
だが、やはり何処にでも変化は訪れる。
乙部美樹は大きなボストンバッグを抱え、屋敷…村人の愛称で言うならば「人形屋敷」の門の前に佇んでいた。
華奢な身体には薄手の白いワンピース、端正な顔立ちを今は緊張の膜が覆っている。
手には一枚の封筒が握られていた。
美樹の震える指先が触れるより早く、鉄で出来た門はゆっくりと開いていった。
まだ森の一部であるかのように鬱蒼と木々は繁り薄ぐらい小道を歩く。
でこぼこな道を白いヒールのせいで何回も躓きながら、前へと進み…
目の前が一気に開けた瞬間、美樹はア然とした。
そこは完璧な西洋の庭だった。
テレビや公園でしか見た事のない立派な噴水からは水が溢れ、煌めき、それを取り囲む薔薇たちが宝石のような花びらを色とりどりに散らしている…そして。
真紅の薔薇を一輪、胸に抱えた少女…。
美樹に微笑みかけ、愛らしく小首を傾げたまま微動だにしない。
こんな…信じられない…
美樹の瞳から涙が溢れた…こんなにも美しく、胸を打つ風景を見た事がなかった。
六月の、つかの間の日差しを受けて、それは生き生きと輝いて見えた。
漆黒の髪と瞳は目を見張るばかり。
美樹には彼女が自分を懐かしむように見つめている…と感じていた。