「傷が気になりますか?…私の長年の友なのですが」
微笑みながら傷を撫で、美樹に尋ねる。
「いいえ。別に気になりません」
その極めて自然な答え方に、藤堂は虚をつかれた様だった。
「変わった方だ。浜口さんからの紹介だったね。…随分お若いが就職はされないのかな?」
美樹はニコッと笑った。
「資格も何もない私のような女が、ここと同じだけのお給料を頂く事は、普通ではできません。就職するよりずっと魅力的です」
25になったばかりの物言いにしては、全く夢がない。
藤堂は久しぶりに「本物の人間」に興味を惹かれていた。
彼女はどこか、変わっている…。
「貴方のように若く美しい女性に来て頂けるなら願ってもない…が私もやもめ男だ。御両親によく許して頂けたね」
その言葉に美樹は率直に答えた。
「いえ。私に両親はいません。親戚の叔母が一人いるだけです…ずっと昔から」
淡々と口にする美樹の孤独を見透かしたかのように、藤堂はじっとテーブルに置かれた白い紹介状を眺めた。
「なのでお休みも浜口さんがおっしゃっていたように少なくて構いませんし、住み込みでも結構です。どんなお仕事もいといません」
白い清楚なワンピースの下に、藤堂は一本の鋼の芯を見出だした。
面白い娘だ。
優雅な仕草に品のいい言葉使い…その反面、明け透けで、物おじしない。
マリアの世話をさせるのもいいだろう…。
あの子も彼女が気に入るに違いない。
「よろしい。では希望通り住み込みで頼もう。
ところで、君はもう私のマリアに会ったかな」
美樹は頷いた。
「はい。お会いしました…素晴らしい薔薇園の中で。とても可愛らしく繊細な方でした…。赤い薔薇を一輪、大事そうに抱えてらっしゃいました」
夢見るような美樹の口調に、藤堂はまた、驚かされた。
彼女は真のマリアを理解している…。
長年仕えているメイドさえ、なかには未だにマリアが生きている事に気付かぬ者がいるというのに…。
その驚きは喜びとなり、藤堂の曇った心を照らし出しだ。
まさしく彼女は天助け。悩めるマリアに遣わされたのだろう。