汗をかくことはいいことだ、と父に教わってから、有森勲はそれに忠実だった。彼は陸上部に所属し、誰より真面目に練習に励んだ。
その日は、太陽は形が分からないほど輝き、うだるように暑かった。汗をかくのにうってつけの日だった。
勲は時折水分を補給しながら、グラウンドを何周もした。
彼の適切に蓄積された筋肉は、炎天下で逞しく黒ばみ、そんな彼の姿は他より目を引いたので、グラウンドの金網に張り付く女性も少なくなかった。
有森勲は、その中の一人の橘万智と関係を結んでいた。
もう幾度と無く身体を合わせ、順調に恋をしているように見えた。
だが、有森勲にとって、セックスはスポーツの一種で、汗をかくのにうってつけだった。
父からのお墨付きまでもらっていて、汗をかくことであるそれは、彼の中では何より全うであった。
経験こそ浅く、しがみつくような行為であったが、若く、純情な二人の間では見劣りするようなものではなかった。
勲は、その運動をよりよいものにするため、ジョギングや筋トレをするように恋という関係を深めていった。
勲の練習が終わり、二人は帰路についた。
空は茜色だったが、まだ陽射しは強く、歩いているだけで汗ばんでいくのが分かるほどだった。
今日は疲れたでしょ、と麻智が言い、勲はああ、疲れたと答える。
とびきり疲れていた勲はこのまま彼女と別れ、一人帰路につくつもりだった。
いつもはまっすぐ往く道を、じゃここでと言って、勲は曲がった。
立ち去る勲の背に、万智は少し声を張り、こう言った。
「今日はもう運動しないんだ」
勲は立ち止まった。
「今日は私と運動しないんだ」
と万智は重ね、さよならと言い、去っていった。いつもなら、じゃあねと言うところを、彼女はさよならと言った。
彼女は簡単な法則に気付いていた。
勲はいたって積極的に万智を抱いたが、部活で運動し、彼が疲れきっている時、疲れたと零した時は、自分を抱かないということだった。それは当然であり、はじめは彼女も気に留めなかったが、一度、万智からしがみついた時に、勲は、今日は、もういいと言った。
その日は、その時まで一度も抱き合ってなかった。万智は何がもうなのか考え、それは運動そのものだという答えにたどり着いたのだった。
さよならと言われた勲は、やり直しだなと呟いた。
金網の前にまだ、女はいる。また初めから恋をすればいいと彼は思った。