僕は恋をした。多分それは恋とは言えないほど些細なものかもしれないけど僕は幸せだった。彼女はいつも、溜め息のようにこう呟いた。
「この空が時を刻んでるのかな、雲が流れてるのは、時が流れてるからなのかな。」
当たり前のような事を言う彼女が愛しかった。まるで当たり前のように僕に抱きつき、そして幸せそうに目を細める彼女が愛しかった。
――あの空が、時を刻んでいるのならば。
聴きたい、と思った。彼女と二人で、空が時を刻む音を。まるで当たり前のように傍にいた彼女。別れなんてないみたいに寄り添っては抱いた。
空にも哀しみがある。彼女と別れた日、空は叫び狂ったように雨を降らした。僕はただそれを見つめたたずんでいた。何もかもかき消す雨に、自分が消えていく錯覚さえ起こした。
――空は今日も刻む。
当たり前の風景、当たり前の時間を。
雨上がりの空の匂いを吸い込んだ瞬間、僕は空が時を刻む音を聴いた気がした。