僕らは、京葉線東京駅の、地下深いホームで、やつを待っている。
「いよいよあいつ、来るな」
友人がニヤニヤ笑っている。
「あと5分だね」
「あいつ、どんな格好してくるかねぇ」
僕も、友人もとてもわくわくしている。
「朝6時に、1泊の旅の準備をして東京駅に来い」とだけ、やつには言ってある。
やつが知り得る情報といえばただひとつ、「1泊2日の旅をする」それだけだ。
「びっくりするだろうなぁ、あいつ」
「ふふふ」
土曜の早朝、ホームに人はまばらだった。あいつは京葉線の沿線に住んでいるから、ここへは確実に来るはずだった。
5時56分東京着の列車がホームにするりとやって来た。
「見つけられるかな?」
「なんとかなるっしょ」
列車から人がぞろぞろ出てくる。僕らは集中して、中にいるはずのやつを探す。
「いたぞ!」
見つけたのは友人だった。
「どれどれ?」
「目立つよ。真っ赤なTシャツ着てやがる」
見ると、目の覚めるような赤一色のシャツを着たあいつが、所在無げにとぼとぼとホームを歩いていた。
「おい!」
声をかけると、やつは僕らを見つけて、「おう」と不安を隠さない表情で、片手を上げた。
「ぴったりに来たね」
「まあな」
彼は浮かない声を出す。
「おい、今日は一体どこ行くんだよ?」
やつは小さなリュックを背負い、運動靴、野球帽という出で立ちだった。とにかく、動きやすさを重視したようだ。
なかなか、読んでいる。
「うふふ。言ってやれよ」
友人が、笑いながら僕をつつく。
「どうしようかなー?」
「おい!早くしろよ!」
やつは本気でいらついている。
「実は、相模湖に行こうと思ってるんだけど」
「相模湖?」
「そっ。まず、地下鉄で、日本橋まで行って」
「行って?」
「甲州街道に出るんだ」
「で?」
「歩いていこう!」
やつはポカンとしている。ことの重大さに、まだ気づいていないのだ。相模湖は甲州街道沿いにあるのだが、日本橋から、少なく見積もっても50キロはある。
「相模湖って、どこにあるの?」
「神奈川だよ。相模原市だったかな」
しばらく沈黙があった。自分がこれからやらされる事を、ようやく把握したらしい。
「おい!おまえら!」
僕らは声をあげて笑う。
「何でおれには何も言わないで、強制参加させたんだよ!」
「いや、ちょっとびっくりさせたくて」
「あのなぁ」
やつはそこで、言葉を失った。