五色の炎

中村モモ  2008-06-23投稿
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いつしか、それは私を取り巻くようになっていた。
黄色い炎と、青い炎。
私にしか見えないらしい。だけど私には見える。
なんのために、私のそばを離れないのか、分からない。
私を守るためだろうか?だけど、私は守ってもらいたいほど、危険な毎日を送っているわけではない。
工場の事務室で、ひたすら電話を受け、伝票を書くだけの毎日。あまりに平凡すぎて、こんな異世界のものが入り込む余地さえ無さそうなのだけど。
「おい、君たちはどうして私のところなんかにいるの?」
訊いても、炎は何も返してくれない。私はため息をついた。幻覚なのだろうか?ビョーキの人扱いされるのが嫌で、夫にさえ、コレの事を言えないでいる。
謎が突然解けたのは、初夏の九十九里浜でのことだった。
友人たちと、浜辺で海水浴をしていると、よく日に焼けた男がひとり、まっすぐ私を目指して歩いてきた。
黒い炎を背負って。
一瞬、心臓が止まったかと思った。それはずんずん近づくにつれ、はっきり炎と認められるようになった。
「悪い、知り合い見かけたから、ちょっと挨拶してくる」
私は言って、友人達から距離を置いた。どしたの?ラブアフェア?なんていう、友人の冗談にも答える余裕がない。
私は走って、男のもとへ行った。近づいてみると男は背が高く、実に精悍だった。歳は、30にかかるか、かからないか。武骨な額を、海水で脱色された髪で覆っている。
「その火の玉ッ」
私が、周囲を気にしながら男に言うと、彼はぼそっと
「ふたつ持つ人も、いるんだな」
と独り言のように言った。
「一体、何なのですか?これは」
男は、覇気のない、どろりとした目で私を見た。その目に私は、どこかまがまがしさを覚えた。
「しにがみ」
男は、それだけ言った。
「何のことですか?」
男は答えない。
「ここは人が多すぎる」
と言った。
「誰かがいたら、不都合なんですか?」
私の緊張は頂点に達し、暖かい日差しや、はしゃぐ子供たちの明るい声が、遠く感じる。気づけば手足は、冷えてしびれている。
「車」
言って、男はダークブルーのランクルを指差した。
「行こう」
私は、恐怖を感じた。しかし、引き返しても、何も始まらない。
「ええ」
私は、車を目指して歩く、男の後を追った。



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