おそらく彼女のあのギュッと握りしめたその右手には、言葉にできなかったたくさんの不安や何かを失う恐怖で満ちていただろう。そして、もちろん隣で能天気に眠りにつこうとする馬鹿な男に対する怒りも。
そのことに気付いた頃にはカーテンの外は白んでいた。
僕が今できること、それは、彼女が素直に泣くことのできる場所をつくってあげることだけだった。
それに気付くと同時に僕は鍵も掛けずに主人を失った部屋を飛び出した。僕の右手には、鳴ることのないケータイだけを握りしめていた階段を駆け降りた。
もし美貴を見つけることができたら彼女があの時、僕にそうしてくれたように彼女の固く握られた右手をそっと開き、そのかわりに彼女を強く抱き締め、
その安らいだ彼女の涙が溜まる場所は、きっと彼女自身が暗闇の中で葛藤しながらつくった瞬一の胸のアザの上になるんだということも分かっていた。
次に彼女が開いた拳をギュッと握りしめるときには、瞬一が持てる限りの幸福感を右手の中に掴ませてあげたいと考えていた。