彼女は、怯えるように俯いて立ち竦み、俺の傘を取り落としていた。俺がそのまま角を曲がろうとした時、おそらく俺にしか聞こえない声‐いま考えるとそれすら怪しいが‐で、
「ありがとう…」
と言う蚊が鳴くような声が聞こえた気がした。
その後俺は、物凄く嬉しい気持ちが一杯で、部室に向かった事を今でもはっきりと覚えている。
それ以来俺の中で、真愛への気持ちが変化していった。
でもそれ以来、俺は卒業まで片思いし続けることしかできなかった。彼女は相変わらず、男子生徒の前では何も話せなかったし、またこんなチャンスは二度と来なかったからだ。もちろんその時渡した傘は俺の元には返ってきていない。
彼女が高校卒業後、女子短大に進学することを知ったのは、卒業式の前日だった。
しかもそれは何故か涼平からの情報だった。俺は涼平にもこの気持ちを一切教えずに、心の奥底へしまいこんでいたから、何故彼が俺に教えてくれたのかを未だに聞いてない。