医師は私に、白い粉薬を処方し、「まぁひとまず様子を見ましょう」と言った。
病院は広々として緑が豊かで、そこをふらふらと、死人のような顔をした入院患者が散歩をしていた。
私もあんな風になってしまうのだろうか、と一瞬考え、身震いする。
黄色と青の炎は、私の右上で、相変わらず私をせせら笑っているようだ。
「見て。クジャクだ」
夫に言われて見てみると、雄のクジャクが一羽、檻の中で所在無げに、うろうろ歩き回っていた。
「まるで、ここの入院患者みたい」
私が言うと、夫は悲しげな顔をする。
それからしばらく、私たちは何も言葉を交わさなかった。
翌日からは普通に仕事に戻った。
会社には、風邪を引いたと嘘をついたので、「大丈夫?」と聞かれる度に、私はいろいろな嘘をついた。
仕事を終えると、梁と会った西船橋のファミレスへ行き、たばこをふかした。炎の持ち主を待ちながら。
持ち主は、私があきらめて帰る直前になって現れた。
その人は私より少し若いOLで、大きな目の美人だった。
今度は赤い炎を連れていた。
彼女も一人だったので、私は転がるようにそちらへ行った。
彼女は私を見つけると、驚いて言葉を失った。その顔を見て、私はほっとする。やっぱり私は間違っていないのだ。
「赤いですね」
彼女は何も言わない。あまりにも驚きが大きい。そんな感じだ。
「3日前、駅前で事故があったの、知ってますか?」
「ニュースで」
彼女は震えながら言う。
「あの人は、黒い炎を持っていました」
彼女の赤い炎は、頭の真上で揺れていた。私の炎は、二つとも右肩の辺りにあった。
「炎は、炎を呼ぶ、と事故で死んだ人は言っていました。あなたは呼ばれて、ここに来たんです」
彼女は黙って頷く。
それから、私は彼女に、梁から教わったことをすべて話した。彼女―春原という名前だった、は、私を食い入るように見つめ、じっと私の話を聞いていた。
「信じてくれますか?」
私が言うと、
「信じます」
春原は、すぐにそう言った。まっすぐな瞳で。私は、それにすごく安堵する。安堵なんかしちゃいけない、呪いがかかっているんだから。だけど、精神異常者扱いされるよりは、余程ましだった。
春原は、仕事で西船橋を訪れる機会は多かった。だけど、いつもは、用事を済ませるとすぐに帰ってしまう。だけど、なぜだか今日は、寄り道をした。炎の力だったんですね、と、真顔で言った。