五色の炎?

中村モモ  2008-07-03投稿
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「ここを、ベースキャンプをしましょう」
「ベースキャンプ?」
「つまり、炎の持ち主が、もう一人、いるはずなんです。その一人を、ここで待つんです」
春原は頷く。
「わかりました」
「炎をすべて集めて、その魂を鎮めれば、私たちは助かる。はずです」
「わかりました」
春原は、大きな目を見開いて、言った。
帰宅すると、夫はすでに帰っていた。
「こんなに遅くまで、何してたの?」
夫の悲しい眼差し。もう、私は慣れつつある。
「ファミレスで、勉強してた」
「もう10時だよ」
「そのくらいの時間にはなるでしょ」
「無理しないで」
夫は、病んだ妻を気遣った。
そんなふうにされると、私は混乱する。どちらが正しいのか、分からなくなってしまう。まるで、さっき春原と居たことが、夢の中の出来事みたいに思えてくる。
「まだ、れいの火の玉は見えてるの?」
私はだいぶためらってから、頷く。
「見えるよ。ねぇ、あなたは、目に見えるものしか信じられない?」
「信じない」
夫は即答する。
「そう」
「ねぇ」
夫は、そっと私を抱き締める。
「僕から離れないで。遠いところに行かないで」
その言葉に、私は胸をギュッと締め付けられ、涙がこぼれた。
「遠いところ」に行かないために、私は炎に挑んでいるはずなのに、それが、夫の目には、かえって逆の方向に向かっているように見えている。
いくらぶつかり合っても、こればっかりは分かり合えそうにない。
「ねぇ、私はちゃんとにここにいるし、遠いところへなんか行ったりしない」
私は夫に語りかける。
「遠いところへ行かないためには、私は、どうしても、その、あなたには見えていないものに挑んでいかなきゃならないんだ。ねぇ、おかしいことだし、信じてくれなくたっていい。ただ、少し私に時間をちょうだい」
夫は、しばらく黙ってから、ようやく「いいよ」と言った。
「ただし、条件がある」
「なに?」
「病院からもらった薬は、ちゃんとに飲んで」
私は頷く。
「飲んでるよ」
「絶対、僕のところに帰ってきてね。約束だよ」
「約束する」
私は、もう一度頷く。
次の日から、炎の最後の持ち主を待ち続ける日々が始まった。
これはとてもつらい作業だった。ふとした拍子に思い出すのは、トラックに潰された梁の、呪われた背中だった。
炎は炎を呼ぶ。梁が残した言葉を、私はただひたすら、信じ続けるしかない。
それだけだ。



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