藤堂の目に、懐かしさが…そして怒りが…最後には悲しみが宿った。
それは走馬灯のように現れては消えていく。
藤堂はため息とともに、自分の顔に走る醜い、地割れのような傷に触れた
「マリアは…彼女は私の愛、そのものだった。彼女を自分のものにしたいと…愚かにも願ってしまったのだ。
十年前、ここにくる前…私はある小さな村で療養していた。
そこで、村に住むマリアに出会った…」
無表情な美樹の許しを請うように、藤堂は見上げた…が美樹は青白い眼差しで見下ろすだけだ。
「彼女はまだ十二歳程度で、私と同じサナトリウムにいる母親に見舞いに来ていた。
私は一目で恋に落ちてしまった。
あの華奢で繊細な美しい肢体…印象的で理知を秘めた眼差しに」
「40を越えた私が、幼い少女に恋をするなど許されはしない。
私は見ているだけでよかったのだ。
だがある日…」
「君、どうしたの…」
サナトリウムの明るい日差しの下で、彼女は泣いていた。
藤堂晶人は燃えるような…震えるような心臓を押さえつける。
長い絹糸のような髪に触れ、細い肢体を抱きしめたら、彼女は怯えるだろうか…?
「お母さんが手術することになったの。三回目だから体に負担がかかって大変だって…」
泣き濡れ、一層輝く瞳に見つめられた瞬間、藤堂の理性が消え去った。
彼女は自分のもの。
彼女が他の人間と交わり汚れていくことは許されない…。
「そうか。心配だね…それなら私と神社に行こうか。なんでも願いが叶うと言われているよ。
そこで君はお母さんが治るように願うといい。
私は自分の病気が治るよう願うから」
藤堂は優しい笑みを向け静かに語りかけた。
普段の賢しい彼女なら、その笑みの奥にあるよこしまな光に気付いたかもしれない…が母親の事で頭がいっぱいの彼女は大きく頷いた。
「ありがとう。優しいのね。おじさん、名前教えてくれる?」
「藤堂晶人。君は…」
(伊瀬マリア)
「伊瀬マリアよ」
とっくに知っていた。
神にも等しいその名前。
患者の間では有名な願いが叶うと言われている
「稲荷神社」
は昼間でも薄暗く、鬱蒼と茂る木々で覆われていた。
マリアは薄いオリーブ色のワンピースを翻し、軽やかに階段を上がっていく。
藤堂の神聖な彼女への想いは、いまや劣情の塊となって彼女の細い脚や、首筋に視線を這わせていた。