『お祭りなんて、何十年ぶりかなぁ♪』
紺地に花柄の浴衣を着た薫の肩口や胸元から、時折ヒョコッと顔を出しながら、咲季がはしゃいでいた。
こんな所はやはり子供で、可愛いなぁと思ってしまうのだ。
「う〜っ、何でこの!この金魚さん取れないのよっ」
「あー、ダメダメ、こういうのはね、……ほら」
『お兄さん上手ーっ』
柄の部分で引っ掛け、お目当ての大物を獲得すると薫のご機嫌も良くなった。
『あ、これ可愛い〜っ』
咲季がご執心なのは、羽を広げた蝶をあしらったデザインの、小さなブローチ。
僕がそれを買ってあげると少女の幽霊は大喜びしていた。
『ながい間、お世話になりました。 あたし、きっと、ふたりの事おぼえているから……』
「生まれ変わっても、そのままの咲季ちゃんでいて頂戴ね」
「じゃあ、幸せになるんだよ…」
今日が咲季とのお別れの日だった。
咲季が最後に演奏してくれたのは、ショパンの【エチュード】(別れの曲)
悲しい程に美しいメロディーは、咲季の流した真珠の涙を思い起こさせた。
一年後
「可愛らしい女のお子さんですよ」
看護婦さんの笑顔に見送られ、薫の元へ急ぐ。
結婚七年目にして初めて僕らが授かった新しい生命であった。
「薫、よくやった。 よくぞ母子共に無事でいてくれたよ…」
「あなた、……これ見て」
妻の薫が不思議なほど透明感のある笑顔で差し出したものを、僕は受け取った。
「まさか、これ……」
「この子がずうっと握ってたんだって…… お帰りって言ってあげたらどう?」
薫に手渡されたものは、夜店で咲季に買ってあげた蝶のブローチであった。
おわり