マッチを擦り発火させ、くわえた煙草に火を点ける。一瞬の間。火が点いたことを確認し、マッチを振って火を消した。炭化したそれを灰皿に突っ込み、煙を吐く。やがて吐き出された紫煙が空気に紛れて消える頃、カウンター席で椅子に背を預けていた醐鴉は、視線だけを動かして店の片隅を見遣った。そこに座る二人組を見て、口元を緩める。
「珍しいですよね。めーくんが、あんな風に誰かと話してるの」
いつの間に近くに来たのだろうか。カウンターの向こうからマスターがくわえ煙草の醐鴉に微笑みかけ、醐鴉は口の端の歪みをそのままに頷きを返した。煙を吐く。
「ああ、確かに珍しいな。珍しく、楽しそうだ」
百目とは何年来の付き合いになるのだろうか。初めて会ったのは、アイツがまだ小学生の頃だったか。コーヒーを入れてくれたマスターに礼を言ってから、ひとり、思考に耽る。
組織の裏切り者を追った。幾度か戦闘になった。一般人が巻き込まれた。それは奴の家族だった。……そこからだ。そこから醐鴉と百目の道が交わった。
それからは、失敗ばかりで迷走するだけの日々だった。罪悪感から彼を引き取ったのはいいものの、子育て、というか子供相手に何かをした事は全く無かったのだ。幼い頃から、人を殺し続けて来た彼には。
『なんだ? ソイツ、お前の隠し子か?』
『馬ッ鹿野郎、俺にこんなでけぇガキが居てたまるかよ』
『ね、君幾つ? 名前は? あ、何か食べる?』
『お前はお前で何して……ってお前何かってそれレーションじゃねぇか! 止めろよそんなもん食わすのは!』
『……レーションは悪いものでは無いだろう。確かにここのは不味いが』
『そうだよ、味が問題なんだよ……って食った?!』
『……吐いたな』
『畜生、アトリ手前ェ! トキも見てないで止めろよ!』
『ごご、ゴメンまさか吐くとは思わなくて!』
『俺、子守なんてしたことねーし? それにアトリのお守りはハトの役目だろ』
『……俺か。よしよし』
『うわぁ屈辱的! でも少し嬉しいのは何故!』
『ああもうお前らいい加減にしろぉッ!!』
仲間に頼ろうにもこの有様。それでもここまでなんとかやってきた。躓く事も多かったが、それでも。
思考を止め、意識を二人の座るテーブルへと向ける。そこには口許を緩めて笑う百目がいた。
それだけで少し、報われた気がした。