夕日が沈む前に(10)

主役は銭形  2008-07-08投稿
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俺は何も言えずに街を眺めていた。すると茜は諦めの交じった声で続けた。
「逆にね、お母さんの優しさが私にはつらいんだよ。私のために一生懸命頑張って。どうせ死ぬのにさ。馬鹿みたい。」
茜は俯きながらそう言った。茜はフェンスに背を向けて立直した。
パチンッ…
俺は無意識のうちに茜の頬を叩いていた。そこには怒りだけが見て取れた。茜は苛立ちと驚きに満ちた声で言う。
「痛いな。いきなり何すんのよ。」
茜は物凄い形相で俺を睨んだ。
「あっ。ごめんなさい。でもお母さんは君のために必死に頑張ってるんだ。それを馬鹿みたいなんて。ヒドイよ。」
俺は動揺に満ちた声でそう答えた。
「叩くなんてありえない。最低。」
茜は怒りを抑えきれずどこかへ行こうとした。茜を叩いた手がじんじんと痛んでいた。
「待ってよ…君は死なないよ。君は死んじゃいけないんだ。お母さんのためにも。自分のためにも。君には生きる義務があるんだよ。茜。生きるんだ。茜の未来はここから始まるんだ。」
俺は自分が何を言っているのかもわからないくらいにムキになっていた。それは怒りでも同情でもない別の感情が俺に芽生えた瞬間でもあった。曇っていた空には春の光りが差し込んできていた。



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