そこまでだった。
朝、目が覚めると偶に「アレ」が見えた。
睨み続けていると、うすら笑いをしながらいつの間にか消えるのだが、その後いつも私は意識を無くしていた。
私は少し現実逃避をし始めていた。
あんなものがこの世界に、有り得て良いわけがないと…。
毎日仕事が遅くまで終わらない私は、今日も電灯が消えかけたあの仄暗い道を通っていた。
いつもは開いてあるタバコ屋が閉まっていて、少し残念がりながら歩いていた。
『ボスッ…』
私が通った直ぐ後ろで妙な音がした。
吃驚して振り向くと、そこにあった杉の木が有り得ない形になっていた。
「な…!?」
私はただ、愕然として後退りをしていた。
『ボスッ…ボスッ…』
その音が聞こえる度、廻りの景色が歪む。
「い、嫌だ…!!」
私はきびすを返し、慌てて逃げ出した。『ドスッ…!!』
嫌な音が下腹部の辺りで聞こえた。
体に凍った物を押し付けられたような、変な感覚に襲われる。
手を当ててみると、黒い液体がべっとり付いていた。
「あ、あ…あ…」
私はただ、ただ驚くしか無くその場に倒れ込んだ。
朦朧とした意識の中、辛うじて見えた。
うすら笑いをした「アレ」が…。
『…8回』
ノイズを含んだ声が聞こえた。
「う…?」
気が付くと朝だった。
「まただ…」
起き上がり、一応お腹を見てみたが何も傷は無かった。
顔を洗いに洗面所に行った。
鏡の前でずっと自分の顔を見ていた。
「…!?」
「アレ」がいた。
今までと違い口が横に思い切り引き伸ばしたみたいになりながら笑っている。
吐き気が襲った。
『…9回』
ノイズ混じりの声…。
「バリン!!」
割れる音。
…目が開けられなかった。
「アレ」を見たくない、見たくない…。
また、朝だった。
廻りを見てみたが、どこにも「アレ」はいないみたいだった。
ほっとしていると、後ろから変な音がした。
『ジ…ジ…』
「え…?」
振り返れなかった。
『10回目』
…覚えているのは…そこまでだった。