不意に、背後から不思議な声が聞こえた。
振り向こうにも、体が動かない…。
最後に見たのは、誰かの腕に背後から包み込まれる所だった。
「……っは?っふ、ふ、ふぅ…」
依代は飛び起き、肩で浅く息をついた。
背が汗でびっしょりだ。
「…なんだったんだ、今のは?」
嫌な夢だ。やけにリアルな夢だった。
今でも香の匂いがしているようで、依代は身震いをし、大きく息を吸った。
そういえば、桜の木の下には死体が埋まっている、と誰かが言っていなかったか?
きっとそのせいで変な夢を見てしまったに違いない。
さっさと祖父母の元へ行こう。
「……しっかし、なんで誰もいないかなぁ。道を聞こうにも聞けないじゃん」
カシカシと頭を掻きながら、依代は手元の地図を見た。
実は依代は操り師村に来るのは初めてだったのだ。 祖父母には何度か会ったことがある。しかし、祖父母の家に泊まりに行くということはなかった。
別に、父と祖父母同士が仲が悪かった訳でもなかった。
だが、依代が祖父母の家に泊まりに行きたいなどとだだをこねると、父と祖父母は酷く困った顔をするのだった。
「何か、事情でもあったのかなぁ。でも、こうしてあたしを引き取ってくれる訳だし…矛盾してないか?」
まぁ、孤児となりゃあ事情が変わるもんなのかな。
と一人でブツブツ呟いている依代の傍らを、何かが駆けて行った。 見ると、見事な黒い毛並の猫がいた。口には、誰かの帽子が…。