「一体何の騒ぎ!?」
滝川の目に入ったのは、医務長と問答を繰り返す五人の黒い服の男達と〔白〕いスーツに身を包んだ灰色の目をした少女だった。
「艦長!」
桧山美樹が滝川に駆け寄る。
「この人達がハルとアキを連れて行くんだって聞かないの!」
「貴女がこの艦の艦長?よかった。今ちょうどお伺いしようと思っていたところです。この方々ではラチが明かないから」
リーダーと思しき少女がにっこりと笑う。
「あなた方は?」
黒服の男達を見渡しながら滝川は尋ねた。
「私どもはエヴァンス中将の諜報局の者。私は局長の〔凪楽藍(ナギラアイ)〕と申します。以後お見知り置きを」
「日本人か?」
荒木が尋ねた。
「はい、エヴァンス中将は人種や、性別、年齢にこだわらない方だから」
ふと、滝川は違和感を覚えた。
先の月軍との交戦の際、滝川は彼の旗艦グレイプニルで陣頭指揮の補佐に当たったが、彼は排他的とは言わないまでも、黒人士官に対して余り好意的な感情を持っていない節があった印象を受けた。
女性である滝川の意見だからと言い訳をしたくないが、自分の意見を意識して無視されていたような気もする。
この凪楽の話と自分の印象では大分開きがあるようだ。
「ところで本題に入りますか?」
今一つ納得がいかないという顔の滝川を無視して凪楽は続ける。
「エヴァンス中将の命令です。あおかぜ乗員、アキは先日の新型兵器に搭乗の上、ポイントαでの戦闘に参加せよとの次第です」
「なっ!?」
滝川は自分の耳を疑った。アキは今、原因不明の昏睡状態に陥っている。
それを中国人民解放軍とアメリカ軍がしのぎを削り合う最前線に連れ出そうというのだ。
「アキは今、意識不明よ。知らないのかしら」
「無論、知っています」
もう一度にっこりと笑い、凪楽は続けた。
「薬でもなんでも打ち込んで無理矢理覚醒させるくらいの事はできるでしょ?」
「何を!!」
「ふふ。この女は月の捕虜なのでしょう?だったら戦って死のうが、薬で廃人になろうがどうでもいいと思うけど?」
「モスクワ条約を知らないの!?」
これは〔神聖ロシア帝国〕帝都モスクワで結ばれた捕虜の人権を認めたモスクワ条約に対する重大な違反だ。
だが、凪楽藍は全く気にしない様子で平然と言い放った。
「あれは、ただの〔心得〕よ」