翌日
怖い夢を見、アキは母に汗びっしょりの身体を拭いてもらっていた。
ほっとかれた父は台所で一人寂しくトーストを食べている。
怖い夢というのも、ただ世界中が〔真っ赤〕になるだけのもので、今考えれば全く怖い夢とは言えないものだった。
その時だ。今日もう一度病院に行こうと言った母から何か強烈なイメージが流れ込んできた。そう、一言で言うなら〔赤〕
それが何かわからないうちに母は玄関を叩く音と、シラユキさんと呼ぶ声に返事をして、出ていった。
なんだったのだろう。
昨晩見た夢と同じだった。悲しい色だ。
客はどうやら隣のオバサンという訳ではなさそうだ。
しばらく話し込んだ後、父が呼ばれた。忙しいのに。と愚痴をいいながら出ていった父は、またしばらくの話し合いの後、アキを呼んだ。
出ていったアキの前にいたのは黒いスーツを着た小柄なアメリカ人と、体格のいい若い日系の月人だった。
「この方達はね、月立軍事研究所の方でアンダーソンさんと、ニノミヤさんよ」
日系の男はにっこりと笑いアキに挨拶した。
「アキの事がわかったんですって。…それで……」
「お母さん。ここからは私が」
母を遮り、一歩前に出てアメリカ人は言った。
「アキちゃん。アキちゃんはね、悪い病気なんかじゃないんだ」
「本当!?」
「そう。アキちゃんの病気の正体は〔先天性精神同調症〕、原因もわからない。でも、とても珍しい症状で、特に先天性となると、月中を探してもアキちゃんしかいないかもしれない」
「治らないのか」
すっかり目が覚めた様子の父が割り込む。
「今は」
崩れそうになった母を慌てて受け止め、父が続ける。
「どうにかならないんですか」
すると、男はなだめる様に言った。
「先程申し上げたように、これは健康に関わるとかいうような病気ではありません。あくまで特異体質と認知して下さい」
「でも、生活に支障が…!」
「それを矯正するために、お伺いしたんです。アキちゃんを月立軍事研究所に収容します」
「冗談じゃない!」
父は今まで見せた事もないような剣幕でアメリカ人に掴み掛かった。
すると今まで黙っていた日系の男がアキに向き直り、アキの目線まで下げて言った。
「もう一度パパとママに会えるように頑張ろう」
体格に似合わない優しい目だった。
アキは決心した。