別れ際に彼女は言った。
「わざわざ遠回りをして送ってくれてありがとう」
「えっ?」
「だって、この間あそこの家に入って行くのが見えたから」
…二回目に会ったときだ。覚えててくれたんだな。
「ぶっそうな世の中だから…」適当なことを言ってごまかす。
「そうね。本当にありがとう」
手を振って彼女は家の中に入る。
なんだか余韻に浸りながら、ボーっと家に帰ったのを覚えている。
また、会いたい。彼女に会えるなら、多少恥ずかしい思いをしても構わない。
言葉では言い表せない大切なもの。それを守り続けたい、という気持ちが僕に芽生え、大胆にならせたのだろう。
彼女がそこを通る時間は分かってきたし、途中にある小さな公園で話すのが日課になるまで、僕は頑張った。
いろいろなことが分かった。彼女は寝たきりの祖母を家で介護していた。母親は離婚をして、今の祖母のうちに帰って来たが、祖母が倒れてからは一人暮らしで介護の仕事をしていた彼女が、母親を助けるために一緒に住むことにしたのだという。
やはり素晴らしい。
僕は自分の事も話した。高校時代、酷いいじめに会って通信制の高校に編入した事。
自分に自信が持てず、人目に付かずひっそりとしていたこと。
誰が見ていても、堂々と自分の信念を貫くように、生きている亜紀が最初から眩しかったのだと話した。
亜紀は世代はそう離れていないくせに古風だった。古い携帯をずっと大事に使っていたし、家に行ったときもあまり物の置かれていない綺麗な部屋だった。 彼氏も…いないそうだ。良かった。実際これを自然に聞き出す技術なんて僕にはなかったから、告白の際にようやく分かったことだけど。
年に一度、母親と旅行するのが楽しみだそうだ。いつか一緒に旅行できたらいいなと思った。結局行けなかったのが今でも心残りだ。
三回目に公園で話しているとき、彼女がこんな事を言った。
「母親が父親に裏切られたのを見て、男の人を見る目が変わってしまったの。私は母親を見捨てることは出来ないし、今はただそばに居てあげたいと思ってるの」
ずっとこの後も、これは僕と彼女の間で大きな障壁になるのだった。