…キテ……

ゆうこ  2008-08-01投稿
閲覧数[1022] 良い投票[0] 悪い投票[0]


私は石のように固まったまま、囁かれた言葉が頭に浸透していくのを感じていた。


部屋いっぱいに響く、何かを切る音と男の声。

今やそれは喘いでいるのではなく、断末魔の絶叫に聞こえた。



私は無理矢理、頭を玄関へと向けた。




…嫌……


誰なの…?




玄関は薄暗い。
が、さっきまであった白く光る覗き穴はなかった
つまり誰か…何かが、ドアの向こうにいる。



引き寄せられるように私は立ち上がり、歩いて数歩の玄関のドアへと向かう。
足が浮遊しているように頼りなく現実味が感じられない…。



私は覗き穴に触れそうなくらい、目を近づけた。


ア…アアゥウア…


ドア一枚隔てた向こうにこちらを凝視する男がいた。

唇の動きに合わせて、盗聴部屋から声が響く。


ア…アゥ…ニキテ…ニキテ…ニキテ…コ…ニキテ…テ…


男の口から、唐突に血が溢れ出し、黄色く濁った両目から、首から、腹から、手首から、膝から、……全身から血が流れ出した。



私は



気を失った。





次の朝、私は玄関で目覚めた。
盗聴部屋からは一切の音はなく、扉の向こうにも誰も居ない…が、私の鼻の奥に、男の血の匂いが…耳に囁きが…はっきりと残されていた。


私はあの部屋にゆっくりと向かった。





チャイムを鳴らす。



明るい声がして、奥さんが出た。

「はい?どなた」

私は言った。

「旦那さんに呼ばれました」




女は少しだけ沈黙し、それから、戸をチェーン越しに開けた。


ぎらぎらと光る猫のような目を私はまっすぐ見つめていた。


女の真後ろに立つ、血まみれの夫を見ていた。


「来たわ」


女は私の視線にギクリとして振り返ったが、その目は夫を映してはいないようで、私を狐のように青白い顔で見返すばかりだった。



男はずっと私に言っていたのだ。




……ココニキテ……












女の爪のなかは
黒く濁っていた。




きっと両手とも、真っ黒に違いない、と

私は確信していた。























ココニキテ



投票

良い投票 悪い投票

感想投稿



感想


「 ゆうこ 」さんの小説

もっと見る

ホラーの新着小説

もっと見る

[PR]


▲ページトップ