「アポロ?アキ!?」
二人の男に両腕を抱えられながら、藍は驚いたように目を丸くした。
「な、なんだ!?どこから入り込んだ!?」
試験官が悲鳴をあげた。
「手を離せ」
アポロは二人の男に向かって言った。
「捕まえろ!殺すなよ!」
試験官がわめき、藍を捕えていた二人が藍を離してアポロに襲い掛かった。
アキは目の前のアポロを見てぞっとした。
〔真っ赤〕だった。
まるで血が気化して立ち上っているようだった。
全身が濃い〔赤〕で塗り潰され、輝いている。
そこまでわかって、アキは激しい頭痛に襲われた。
脳天を衝くような。激しい痛み。脳を直接わしづかみにされたようだ。
真っ赤な光が心に流れ込んでくる。
おぼろ気ながらわかる、〔色〕の正体。
〔憤怒〕
これがアポロという人間の根底に存在する感情の姿かたち。
アポロの正体。
だが、この場でそれを理解したのは、藍の解答の正否を確認した試験官の一人と、アキだけだった。
「やめろ!!」
「やめて!!」
二人同時に叫んだ。
だが、既にアポロに掴み掛かろうとしていた二人を止めるには遅すぎた。
「邪魔だ!!」
アポロの声が、やけにはっきりと聞こえた。
一瞬時間が止まった。
「あがァァァ!!?」
続けて、怒号とも悲鳴ともとれない絶叫が純白の実験室中に轟く。
「!?」
絶叫した二人の男達は、頭を抱えて転げ回った。
「畜生ッ!畜生ォアアアアイアオオ!!」
「うぎィィあッ!……ぶっ殺してやるゥグァァァ」
何やら聞くに耐えない罵詈雑言を並べ、絶叫する男達。
白目を剥く程のたうち回り、そして最後に「あ″………」と小さく声を漏らし、その場に二人同時にグシャリと倒れこんだ。
目から、鼻から、そして耳からも大量の血液が噴き出している。
壮絶な最期だった。
その場全員が呆気に取られて立ち尽くす。
〔憤死〕だった。
目を反らす事も出来なかった。
「なん…で?」
やっと声を絞りだして、それで栓が抜けたのか。
喉の奥から何か熱いものがムクムクと上がってきた。すかさず押さえたが間に合わず、口からは今朝食べた食パンが未消化のまま噴き出し、汚い音を立てて床に落ちた。
だが、誰も眉をひそめるような者はいなかった。
一拍遅れて部屋を支配したのはアポロの笑い声だった。