哲也は、他人には、なかなか、本心を見せない青年だった。その彼が、理子にだけは「君は、僕の心の一番奥……誰も入ってきたことのない暖かい場所に、初めて入って来た女性だ。」と打ち明けたのだから、彼にとって、彼女は、本当に特別な存在だったのだろう。
理子は、非常にクールな一面を持ちながらも、クリスタルのような透き通った印象をもたれる女性だった。実際、非常にピュアな人間であることは間違いなかった。それ故、真に男性を愛するということを、まだ理解できていない少女のようなアンバランスなところを、持ち合わせていた。
当然、哲也は、理子に愛されているという実感が、段々、もてなくなってきた。彼は、自分自身の、鬱積した気持ちの、表現方法がわからず、途方に暮れながら、理子と一緒にいると、軽いストレスを感じるようになっていった。
そのストレスと寂しさを紛すために、哲也の場合は、徐々に、ギャンブルにのめり込むようになっていった。競馬、パチンコ、スロット……
人は、現実の苦悩から逃避したい時、麻薬のようなものを、欲しがるのかもしれない。
パチンコは、同じ手の動きを、何時間も繰り返す単純なゲームだ。店内には耳が割れんばかりの騒音が溢れ……
その相乗効果によって、まるで麻薬に酔ったように、感覚が麻痺してくる。その結果、短時間に大金を失うかもしれないリスクを負った、極めて危険なゲームだ……
マラソンのように、すこぶる健全なスポーツでさえ、麻薬のようなところがあるとも言われる。何時間も、何時間も、走り続け……疲労が極限に達し……その苦しみの限界を超えた瞬間、ある種、麻薬のような陶酔感が得られるという。人はそれを、無意識に求めるのかもしれない。
理子は、まだ、哲也のギャンブル依存には、気付いていなかったが、四六時中、パチンコに入り浸る哲也に
「最近、連絡がとれないことがよくあるけど、どこにいるの?」と尋ねた。
「卒業論文が忙しくて、携帯の電源、切って、よく大学の図書館に、籠ってるんだ…… ゴメン…」
哲也は、そうしどろもどろになって、理子に初めての嘘をついた。
人間は、それぞれの不安や悲しみを十字架のように背負った、この上なく寂しい存在だ。だから、理子と哲也もお互いの傷を、そっと抱き締めあっているだけで良かったのかもしれない。