亜紀の質問に、老女はゆっくりと語り始めた。
「ここの海ではないんだけれど…。
夫だった人と、海をよく見に行ってました。
たった一年の夫婦生活…。
時間は短くてもとても幸せな時間でした。
恋愛なんてあまり奨励される時代ではなかったんですけどねえ。
とても居心地の良い相手だったんです。あの人は。
戦争に行ったきり帰って来れなかったから、それ以来私は一人で生きていくしかありませんでした。
でも肝心なのはそれから。
一人でも幸せな人生だったんです。
仕事も頑張って、良い友人もたくさん出来たんですよ。
もうみんないなくなってしまいましたけど。
私の友人もやっぱり海を見に行くのが好きでしてね。
ここは特にお気に入りの場所だったんです。
あの人にもらった幸せ、友人たちとの友情をゆっくりと思い出せる。ここはそんな場所。
最後に自分の好きな場所で過ごせるなんて、私は本当に゛幸せ者゛なんじゃないかしら。」
亜紀が一番聞きたかったことだった。一番知りたかったことだった。
この土地に移り住み、力強く生きていこうと決意した。