「ねえ、これあんたのじゃない?」
ある夏の日の帰り道、私は後ろから呼び止められた。
振り向くと、三人の上級生がいる。
その中心にいる少女が私のネムを突き出していた
「これ、落とした?」
うっすら口端に浮かぶ笑みは優しげなものではなく小ばかにしたような表情だった。
私は小さく頷き、手を延ばした…が、サッと引かれる。
「こんな汚い縫いぐるみ学校に持って来たりして…いいと思ってるの?学校に玩具はいけないって知らないわけじゃないんでしょ」
私は小さく呟いた。
すみません、と。
が、少女はネムを汚いものであるかのように摘み振り回し始めた。
「ちゃんと謝ったら返すよ。大きな声で」
くすくす笑いが三人に広がり、私は屈辱で震えながらも言われた通りにした。
少女はその間ずっと尻尾を掴みヒュンヒュン振り回していたが…急にキャッと叫んで手を離してしまった。
「あっ」
四人の口から思わず声が漏れた。
ネムは上級生の手から飛ぶように離れ、大きな円をかいて…あの、白い家の草むらへと消えた。
三人の気まずい雰囲気がそれがわざとではなく事故である事を物語ってはいたものの、だからといって現状が変わるわけもなく…彼女らは口々に何やら呟いて、走り去っていった。
私はよりによってここでネムを落とした事…そしてネムがこの家の敷地に入ってしまった事の衝撃で固まってしまった。
有り得ない偶然によってのっぴきならないことになってしまった。
母親に言っても、諦めろの一言に違いない。
私のネムは、私が捜し出してくれる事を疑いもせず待っているだろう。
私は覚悟を決めなくてはならなかった。
蝉の声さえ耳に入らない…夏の空の碧さも、風も光りも輝きを失ったように感じる。
汗ばむ手。噛み締めた唇…心臓の音…。
そして、本能は母親の顔を借り、声を借り、あらんかぎりに叫んでいる。
アキラメロ!と。
私は首を振る。
ゆっくりと門に手をかけた…家に入る必要はないのだ。
庭先を少し探せば、ネムはいる。
門は躊躇う私を誘うように軋みながら開き…私は体を滑り込ませた。