渋川は、言葉こそ丁寧に、慎重に選んで話していたケド、
銀縁メガネの奥の目からは、
相変わらず、“冷たさ”しか感じられなかった。
恐らく、“悪かった”なんて、これっぽっちも思っていないに違いない。
これも、将来“教頭”になる為だと思えば、簡単に演じられる演技よね。
タツヤは、ただ黙って渋川の直ぐ後ろに立っていた。
『渋川。出世するってのも、なかなか大変なもんだよな?!
ま、せいぜい頑張ってくれ。
未来の“教頭先生”サンよォ!!』
聖人の言葉に、さすがの渋川の作り笑顔も崩れた。
キッ―ー‐
そんな渋川を鋭い眼光で睨み付ける聖人。
『タツヤ、行くぞ。』
渋川が言った。
渋川とタツヤは、あたし達の横を通り過ぎて行こうとし、
あたし達は、渋川達と入れ替わる様に、保健室の中へ入ろうとした――
その時――
『北岡。おぶっている秋田谷は、どうかしたのかね?!』
渋川が聖人に言った。
『何でもねぇよ。ただの貧血だ。』
聖人は、そう答え、保健室の中に入ろうとしたけど、
言い足りない事があったのか、
また、渋川の方へ向き直った。
『あっ‥そうそう。
秋田谷の父さんは、PTA会長で、教育委員会の偉いヤツとも交流があるみたいだけどよォ――
だからって、秋田谷に媚びる様な真似だけはすんなよな!!
いい大人がよ!!』
聖人にそう言われた渋川は――
一瞬、聖人を睨み付けたが、
直ぐにタツヤと一緒に行ってしまった。
コンコン――
ユカをおぶっている聖人の代わりに、
あたしは保健室の扉をノックした――
保健室の扉を開くと――
保健室独特の消毒薬の匂いがした――
『保健室のセンセいる?!』
聖人が言った。
『はぁい。あらっ?!今日は、同じ渋川先生のクラスのコが多いわね?!』
保健室の篠原先生は、優しくて綺麗なヒトだ。
まだ20代後半だっていう話。
去年、結婚したばかりだけど、
それまでは、男子生徒の間でファンクラブが作られる程の人気ぶりだった。