「椎矢ー!!ノート見せてー!!」
「なな!日曜ヒマ!?」
いつしか僕は彼女の名前が聞える方に敏感に聴覚を働かせるようになった。
そこを向けばいつも笑顔の彼女がいた。
「椎矢、お前今日掃除当番?!俺のぶんまでヨロ!」
「うん。解ったいいよ。」
彼女は何の文句も云わずに笑顔で引き受ける。
掃除当番は強制で決められていて、
だいたい教室は5〜6人するはずだったが、誰も来ない。
こんな荒れた学校じゃそれが当たりまえだった。
それでも彼女は現れた。
片手に箒を持って丁寧に床をはわく。
「椎矢、だけか・・・。」
僕は掃除の様子を見に教室に来た。
教室には小柄なななの姿しか見えない。
「あ、先生。もう終わります。」
「手伝うよ。」
「いいです、あとちょっとなんで。」
「椎矢はマジメなんだ。」
「全然です、ただのイイトコ取り・・・みたいなもので。」
ななは落とすように笑う。
僕は傍にあった机に座り、ななの方を見る。
ななは相変わらず笑顔だ。
「お前は、いっつも笑ってるな。」
「え?そうですか?」
また、笑う。
「あ、先生あたしチリトリやるんで、箒やってもらえませんか?」
ななが箒を差し出す。
僕は箒を受け取った。
彼女の笑顔は、
いつも何かを守ろうとしている。
なながしゃがみ込んだ。
曲げた首筋に古い痣のようなものが見える。
あれは・・・。
「先生、早く。」
ななは笑いながら急かす。
「あ、あぁ。」
ほんの小さな痣の事など僕はあまり気にとめていなかった。