渡された札束を手に、マーチは困惑した。
「私家出したの。これにいくら入ってると思う? 三百万よ。金庫から持ってきたのよ」
リリィは札束の入ったボストンバッグをボンボン叩く。マーチは札束をリリィに差し出した。
「なによ、要らないの?」
「貰えないよこんなの」
寡黙なマーチがはっきり言ったので目を丸くするリリィ。
「どうして?」
「…きみの家の金でしょ」
マーチには金などどうでも良かった。渡された札束はリリィに返された。
「喜ぶかと思ったのに」
リリィは少し残念がった。
「君は変わっているのね。晴れてるのにレインコートなんか着ちゃって」
リリィが笑っている。マーチは着ているレインコートを見た。青翠色のレインコート。
「そんなに可笑しい?」
どこも可笑しいところは無い。
「素敵なレインコートだと思うよ。いつ雨が降ってきても平気ね」
空は澄みわたっていた。
遠くにはゆうべ見た摩天楼が色褪せて聳え立っている。今ならぽつんと見えるあのビルを指だけで潰せることが出来る。
マーチは一人道を歩きながら摩天楼をぷちっと潰す真似をした。