「大人になりたくないなあ。」
と、嘆いているところに、電話が掛かってきた。
(プルルルル…)
耳障りな音が部屋に充満する。
「有名な大学を受験しろ!!」と、5歳上の兄も通っていたという理由で父にうるさく怒鳴られていた。
そんな自分勝手でくだらない理由を矛にして攻めてくる、馬鹿らしい大人になりたくない、と思ったのだ。
こっちも、「大人になる程、頭は幼稚になるんだなあ。」と嫌みじみた言葉を盾に対抗したが、
「その考えの方が幼稚だ。」
と、見事に矛で破られた。それもそうだ、と納得してしまう自分にあきれる。
その後、矛の攻撃になんとか耐え抜き、父は外出して行った。面倒になったようでもあった。
そしてその数分後、電話が掛かってきたというわけだ。
耳障りな音が、さっきの奮闘のせいで、さらに重く響く。
まさか父ではないか、と思った。電話でまで怒鳴られるのではないかと。
恐る恐る受話器に手を伸ばす。気のせいか、手が震えている。耳に当てる。なぜか、激しく後悔した。
大人の声が飛び出す。父のような気もした。
「オレだよ、オレ。オレだろ?オレだよ。」
やっぱり父の声に聞こえる。でも、何を言っているのか理解できない。
少し前に話題になった『オレオレ詐欺』かとも思ったが、やはり父の声に聞こえる。怒鳴り過ぎて頭がおかしくなったか?
「親父?何があったわけ?」
なんとか冷静を装って口にした。頭が混乱しているせいか、これが精一杯だ。
「オレだよ。分からないか?田崎だよ。」
はしゃいでいるようだ。息が声に混ざっている。父はこんな子供みたいな性格ではない。しかし、父の声だ。田崎とは父の名字だ。知り合いに田崎はいないはずだ。
だから父に違いない。兄は隣の部屋で昼寝をしている。
「そんなにはしゃいで、どうしたんだ?親父らしくないよ。」
さっきまで怒鳴っていた父が嘘みたいだ。
「だからあ、田崎翔太だよ。やっぱ鈍いなあ、オレは!」
受話器の向こうで、大きな笑い声がこだました。
ー続くー