「失礼します」
重厚なデザインのドアをノックする音が聞こえ、壮年の男の声がする。
「どうしました?」
レイチュルは応えた。
アレ?と間の抜けた反応が返ってきた。
彼はおそらく、返ってきた声が女のモノであったのに驚いているのだ。
「今はいらっしゃいません。私が責任をもって取り次ぎましょう。用件は?」
「あ、いや、これはエドワーズ大統領閣下に直接お見せしなくてはならない大切な書類で…」
ドアの向こうから困惑した声がする。
「でしたら、後でもう一度来て下さい。とにかく閣下は会えません」
レイチュルは引き出しから拳銃を抜いた。これ以上しつこいようなら黙ってもらうしかない。
「わかりました。では二時間後にまたお伺いします」
カツン、カツンと大理石の床を鳴らしながら足音が遠ざかって行く。
レイチュルは拳銃を引き出しにしまった。
そして執務室とつながる大統領の寝室に入る。
薄暗い寝室の奥にあるベッドに“彼”は寝そべっていた。
寝息を立てる事もなく。
ただ、何も映すことのない虚ろに開かれた綺麗なグリーンの両目が天井をぼんやりと眺めていた。
レイチュルは“彼”の横に腰掛け、半開きの口に自分の唇を重ねた。
もう決して吸い返してはこない唇は青黒く変色し、乾ききっている上に、硬く凝り固まっている。
レイチュルは自分の水分を与えるように“彼”の唇全体を濡らすと、ゆっくりと口を離した。
「閣下…優しい人……私が愛した…クロード・エドワーズ…」
窓の外から入るライトがエドワーズの死に顔を白く照らす。
唇が光を反射して、ぬらっと光った。
その輝きを見て、レイチュルはとうとう堪えきれなくなり、シャツのボタンを外しながら彼の身体に馬乗りになった。
顔が熱い。下腹部が熱い。全身がグツグツ熱を帯びていく。
我慢ならなかった。
抱き締められる事はないとわかっていても、求める肉体はストップが利かない。
彼女はエドワーズの死体からネクタイを剥ぎ、ワイシャツを引き裂いてその冷たい胸に顔を、身体を押しつけた。
かつて毎朝聴いた鼓動も、荒い息遣いも返ってはこない。
レイチュルは更に彼を掻き抱いた。
最愛の人、クロード・エドワーズは彼女の為すがままだった。
ヌルっと右手に不快な感覚を覚え、見つめた先には手の平にべっとりとついた真っ黒に変色した血液。