それから毎日マーチは顔を出した。リリィは彼がやって来る度に笑顔で迎えた。固い座席に疲れてしまったらクッションを敷いてあげた。食事も用意してあげた。
そんなある夕方
静かな街にピアノの音が響いた。廃車置き場からだった。そこから酒場は比較的近いのでピアノの音はわりとはっきり響く。入り始めた客と一緒にココも聴き入る。やさしい音。
「なんて曲だったっけ、これ」
「さぁ…音楽には疎いからなぁ」
廃棄されていたピアノに座ってリリィは演奏していた。鍵盤は幾つか欠落しているが、それを感じさせないほど見事なものだった。
マーチはピアノの背中にもたれて座りこんでいる。
優しい旋律は脳内を流れるようにくるくる廻る。暮れ行く空をぼんやり眺めている。
「鍵盤が無いと弾きにくいな。退屈しのぎになるからいいんだけど」
リリィが演奏をやめて言った。