紅は渋々帳場に向かった。呼ばれた事に心辺りがある。
もう時期16になる紅は吉原で噂になるほどの器量と祖父譲りの人情、祖母から鍛えられた商才で最近絶えず縁談の話ばかり。呼ばれた事に察しはついた。
しかし紅は来る縁談を全て断った。
大抵の相手と言うのが紅より一回り上の他の遊郭の次男か三男。もしくは女を物の様に売り買いするのを生業とするぜげんあがりだからだ。
紅はこの「紅華楼」が好きだ。祖父の清松は温和で人情身あり、商売っ毛は全くなく遊女を他の遊郭と違い商品でなく人として扱った。追い借金はなるべく掛けないようにし、年期を早く開けさせる。とは言え一度女郎に身を落としたら里には帰れず、まともに嫁ぐ事も働く事も叶わない。
そこで清松は吉原の外に宿屋を開き仲居として住み込みで働かせた。何年か働くと嫁ぎ先が見つかったり自分で商売を始める者もおりそうやって遊女の面倒を最後までみてやった。
祖母のスエは商才たくましく、宿屋の件もスエの発案だ。
しつけには厳しく店の中でいつも眼を光らせ、些細な揉め事一つ許さなかった。
そんな「紅華楼」で育ったから紅には皆が家族だった。
そりゃあこんな所に普通の家の人が婿に来るなんて思っちゃいないけど…
紅にとって吉原は故郷だが世間が吉原をどう見ているかも紅は知っていた。現実は厳しい。吉原というだけで何をしなくても好奇と蔑みの眼で見られる。
帳場の襖を開けると祖父はキセルを吹かし、祖母はそろばんを弾いていた 「そこに座り」
そういわれ紅は清松の前に座った。
「実は、知り合いから息子さんを預かる事になってね」
そう言うと帳場の奥に「おいっ」と声をかける。
奥から背の高い、いかにも良い所のご子息といったたたずまいの物静かそうな青年がでてきた。
「健吾君だ。歳は今年二十歳。家の離れを使うからそのつもりでな」
健吾と紹介された青年は頭を下げ「よろしく」と一言だけ口をきいた。
「足りないものがあったら紅にいえばいい。頼むよ」
祖父の言葉に紅は黙って頷いた。
「後はいいよ」
そう祖父に言われ紅は帳場を後にした。縁談の話だと思っていたので少しばかり紅は拍子抜けした。
あの人、吉原の人間じゃない。普通の家の息子がどうしてうちに預けられるんだろう?
紅の好奇心が動き出す。