店の前を金魚売りの声が通り過ぎる。
昼間は吉原から出られない遊女達目当ての行商人で賑やかだ。
「紅華楼」の入口でも馴染みの行商人が遊女達を相手に反物や簪を広げている。
紅はその光景を階段の端に腰掛けぼんやりと見ていた。
あの健吾という青年事が紅は気になっていた。
吉原に来て十日以上立つのに離れから余りでてこない。食事も向こうで一人で済まし、店の者と口を聞かず仲見世(遊女が客引きする場所)が始まる頃ふらりと外に出ていく。
最初は遊女を買いに行ってるのだと思った。しかしそうではないらしい。
人を探していると知ったのは番頭見習いの竹蔵が他の遊郭の知り合いから聞いたとさっき教えてくれたから。
珍しいことではなかった。好きあっていても家の事情で売られてくる女は多く探しに来る男も少なくない。「紅華楼」にも何人も探しに来た。
金の続く限り買っては博打に手を出し川に浮かぶ者。他の男に抱かれていると知って店の中で暴れ、袋叩きにあう者。好きあった女にあしらわれ帰って行く者。
「紅ちゃん。暇そうだねぇ」
二階から声がする。
「あやめ姉さん」
紅華楼でも売れっ子遊女のあやめは追ってきた男をけんもほろろに追い返したくちだ。
「もう、あんたと私とでは住む世界が違うんだよ。あんたみたいなぼろ着た男、誰が相手すると思ってる。ここはあんたに場違いさ。帰んな」
威勢の良いタンカを切り男が帰った後、号泣してあやめ姉さんその日仕事にならなかったっけ。一晩中私を抱きしめて謝ってた。
だけど次の日からはいつもの明るいあやめ姉さんで…。
じじが言ってたっけ。
ここではしたたかで強い女しか生きていけない。ここは選ばれた女しか生きていけない場所なんだって。
「ねぇ、紅ちゃん。暇ならクズキリ食べに行こう」
気晴らしに出掛けるのも良いかと思い紅は階段から腰をあげた。
吉原の中にも店はある。吉原の中だけに遊女の自由がある。しかしあちらこちらに見張りの眼があり完全な自由ではない。それでもやはり外の空気が吸いたい。あやめはちょくちょく紅を誘い歩く。紅と一緒なら監視の眼も緩むし、それ以上に里に残して来た姉妹を紅に重ねているのだ。
もうすぐ茶屋だという所で紅は健吾を見かけた。