私は一人、旅館の大きな窓からのどかな田園風景を眺めていた。
田んぼの水の上を渡った風は、火照った体を冷やす涼風となる。
私、藍沢沓子(あいざわとうこ)は恋人の白木慧(しらきけい)とこの旅館に昨日から滞在している。慧はこの小さな村の古い祭に興味があったらしく、中々取れない休みをようやくとってこの村にやってきた。その際、普段構っていない罪悪感からか私も連れてきてくれたのだが…
「つまんない…」
想像していた事ではあった。慧は趣味に走ったら恋人だろうが食欲だろうが忘れ去る性質がある。そんな彼が早朝から恋人を置いて村の探索に向かうのは当然の事だった。
「あら、恋人さんにほっぽっていかれたんですか?」
布団の片付けに来てくれていた仲居さんが、私の独り言を聞いてにっこりと笑う。
「そうなんですよー…一人でもどこか暇を潰せる所ありませんか?」
私の問い掛けに、それなら、と言って仲居さんは小さな手書きの地図を取り出した。
「この村に古くからある神社ですよ。自然がたっぷりですし、御守りも売っていますから行ってみてはいかがですか?」
古くからある神社、か。慧が好きそうな所だ。写真を撮ったり、お祭りの話を聞けたりしたら帰ってきた時喜ぶかも――脳裏に年齢とは裏腹な無邪気な笑みを浮かべる慧が現れる。あの笑みの前では思考なんて無意味だ。
「じゃあ行ってきます。情報、ありがとうございました!」
私は鞄を引っ掛けて部屋から飛び出した。まだ涼しい朝のうちの方が行動しやすいから、急がなきゃ。
「…ごめんなさいね。でも、村の為には仕方のない事なのよ…」
私が立ち去った部屋でぽつりと呟いた仲居さんの言葉を、そしてその意味を、私は知る由もなかった。
二ノ舞へ ツヅく