倒れ伏して動かない男性に、もう一度手を合わせる。黙祷。……僕にだって、死者を悼む心は有る。人が死んで嬉しいなんて事は有り得ない。それがどんな非日常に置かれていたとしても……それだけは、履き違えちゃいけないんだ。
「……お墓は、家族に建ててもらってください。では。お騒がせしました」
告げて、踵を返す。浮かれていた頭に水を差された気分だ。あの人に感謝しよう。……冷静さを、取り戻せた。
ここには、人の死がある。男性しかり、他の人の生存も危ういだろう。迅速に行動する必要がある。
頭がちょうどいい案配に仕上がりつつある。最善を思考し無駄を省く冷静さがあり、現状を楽しむ余裕もある。万全だ。走り出す足に先程までの無駄は無い。地を蹴り前へ身体を飛ばすだけの所作を繰り返して山を下る。
やはり、男性を殺したのは先程の猟犬なのだろうか。死体に有った噛み跡から推察する。死体の損傷は激しくなかったから食事目的の殺傷ということは無さそうだった。
仮に猟犬だとして、後何匹居る? 僕らを襲ったのは八、そのうち追って来たのは六、そして僕が始末したのは三だ。海潮が片付けたと考えなければ残るは五、と言うことになる。その中のどれかがやったのだろうか。それともまだ居るのか。総数は計り知れない。そこから生存者を探し、救助するなんてのはなかなか骨の折れる作業だ。
「でも、やるっきゃない」
僕がここにいてそれが出来るのだから。それに、
「ヒーローのお約束っぽいし」
薄らと笑い、スピードを上げる。木々の切れ間が見えた。山の終わりだ。スピードを徐々に落としながらそこに辿り付き、そして、
何も無い空間に、弾かれて止まった。