母親はいなく、父親の思い出もあまりない。ギャンブル、酒びたりの毎日で、どうしようもない父親だった。暴力も受けた。今だ、左腕に熱湯をかけられてできた火傷跡が残っている。
ここに入って8年間、一度も父親の顔を見た記憶がない。
ユウスケは3年ぶりに、家に戻ってきた。中に入ると、見慣れない小さな新人が何人かいた。全員で10人程いたが、ユウスケを怪物でも見てるかのような表情をしていた。
「オレの部屋はどこだよ?」
ぽっちゃり体型で一目で肝っ玉母ちゃんを連想させる「ヤツ」に聞いた。
「あんたの部屋は変わってないよ。」
部屋に向かう途中、ユウスケは10人の兄弟を睨みつけると、さらにビクビク恐がらした。
2階にある4畳半の一人部屋はそのままにしてたらしく、3年前となんら変わっていないようだった。
ふぅ、と一息をついてベットに寝転がると、安心したのかすぐに眠りについた。
翌朝、ユウスケは洋服を詰め込んだカバンを持って降りてきた。家族は全員揃って、朝食を食べていた。それを無視して玄関に向かうユウスケに
「あんたっ、どこ行くのっ!?」
と、「ヤツ」が言ってきた。
「うっせーなぁ、住み込みの仕事でも探してくるよっ。」
「な、何言ってるのっ、できる訳ないじゃないっ、それにあんた、お金もないじゃないのっ!?」
「ヤツ」は立ち上がって言ってきた。
「知らねーよ、どうにかするよっ。」
ふぅ、と呆れた顔で少し考えた様子で
「ちょっと待ちなさい。」
「ヤツ」は、バタバタとふくよかな体を動かし、財布から一万円札を取り出した。
「これ持って行きなさい。」
ユウスケは、チッ、と舌打ちをしながら、目の前に出された一万円札を、グシャッ、と無造作に受け取ると、カバンを手にし、ヅカヅカと外へ出て行った。
その一部始終を見ていた10人の兄弟は、ホッと安心した表情に変わっていた。が、一人肝っ玉母ちゃんだけは、心配そうな表情で、ユウスケの出た玄関を見つめていた。