四番街。そこにはエア・ポートがある。
まだ年若い天使たちが初めて世界へ飛び立つ場所。
そこにいるのは、翼の無い天使。
「あんた、そこで何してんの。」
凜と立つその背に向かって、男は問いかけた。
天使は振り向きもせず、遠くの空を見つめたまま答える。
「背中を押してあげてるの。」
「背中を?」
「そう。」
「それって楽しい?」
天使は少しだけ笑った。楽しかったことを思い出しているのか、男の問いかけがおかしかったのか、彼には分からなかった。
「みんな初めて飛ぶ時には、巧くいくかどうか分からなくて、凄く不安なのね。だから私は、大丈夫だよって押してあげるの。
そうやって、みんなが飛んで行くのを見るのが、寂しいけど嬉しいんだ。」
そう言って天使は、振り返って微笑んだ。
「羽根、真っ黒だね。」
特に驚いた様子も無く、笑んだままで言う。
「堕天使だから。」
男も淡々と答えた。面白くもなさそうに。
すぐに話を切り換えた。
「ねぇ、それってさ、ちゃんと皆飛んで行けんの?」
「行けるよ。」
「ホントに?途中で墜ちちゃったりしない?」
「しない。大丈夫だよ。」
「…ホントにそう思ってんの?」
「……そう、信じてるの。」
天使は目を伏せた。嘘をつく時の癖。
男はゆっくりと、天使に近づく。
「ねぇ、もし、だけどさ、もし墜ちちゃったら、どうなるのかな?」
「…知らない。」
「死んじゃうと思う?」
「…」
「違うよ。」
男は天使の肩を掴み、くるりと反転させ、後ろを向かせる。
ここでは下に、雲がある。
「あの下がどうなってるか、知ってる?すぐに地上があるわけじゃないんだ。地上はずっと墜ちた先にあって、これで終わりだ、死ぬんだって思ってもまだ堕ちるんだ。
天使ってさ、気をつけてないと色々すり抜けちゃうもんなんだぜ。そんなの知ってた?」
天使は答えなかった。男も天使の答えなど待たないで、話し続ける。
「それで、その先にあるのが…アレが、地獄なんだ。」
男は、苦い記憶を殺そうとするように、唇を噛みしめた。そうして天使を振り向かせる。天使は逆らわず、男の目を正面から見た。
「なぁ、見ろよ、この羽根。」
男は黒い羽根を広げて見せる。痛々しい程、歪な黒。