紅は二人の顔を見て笑った。
「大丈夫かい?」
あやめが駆け寄り紅の身体に手をかける。
「ええ」
そう答えて着物を着付け直す。
紅は二人にいきさつを話す。
「実際、もうダメだと思ったの。でも、あいつに…、その…、触られいるうちに、何て言うか…、身体が身体中が熱くなって、何か火が付いたように。頭の芯が白くなってきて、いろんな物が見えた。今までの事が。で、気付いたのよ。権利書を分けて相続してたこと。
まだ希望はあると思ったら手の中にあいつの一物があってね。おかしくて笑っちゃった」
紅の話を聞いて二人も笑った。
「希望が一物だったなんてさすが紅華楼の女将だわ」
しかし、身売りを免れただけでこの紅華楼がもう他人の手に渡ることも、紅が吉原から出ていかなくてはならないことにも変わりなかった。
「私、山柴組に行ってくる」
意を決した様に紅は立ち上がる。
「ここを売るにしても山柴組に買ってもらうほうがいいし、売る先も出来ればちゃんとした所をお願いしたいの。ここは私の故郷だから」
ひと呼吸置いてから紅は妙に一番お気に入りの留め袖を持ってこさせ着替えた。
「じゃあ、行ってくる」
一人で行こうとする紅にあやめと妙が一緒に行くといったが紅は首を横に振る。
「妙は私がいない間帳場の留守を、あやめ姉さんは今晩もお客の相手をお願い。まだ、紅華楼の明かりは消したくはないの」
紅の気持ちも判ったので二人は紅を見送った。
山柴組は吉原の東門の側にあった。入口には絶えず柄の悪い男が数人たむろっていた。
入口に近づくと中から連二郎が表れた。
「親父に会いに来たんだろう?中にいるぜ」
連二郎に案内され一番奥の座敷に入る。すでに初老の厳格ある人物が座っており、この人物こそが山柴組の親分だった。
「座んな、嬢ちゃん」
紅は言われるまま正面に座る。
「話があってここに一人で乗り込んで来たんだろう? その度胸とうちの連二郎があんたを気に入ったようでね。話だけは聞いてやる。言ってみな」
紅はにっこり笑って言った。
「実は、紅華楼をこちらで買ってもらおうかと思いまして。母屋と離れの抵当権はそちらが持っているのだから悪い話ではないと思いますが?」